2007年の神経科学ブレークスルー
Science誌が2007年を振り返る「Breakthrough of the year」という特集を組んでいる。
Special Online Collection: Breakthrough of the Year 2007
Science. Special Issue, 21 December 2007
最も大きく取り上げられているのは、人の遺伝的多様性が安く簡単に調べられるようになったという話題*1や例の iPS 細胞、あるいは地球温暖化の話だったりするのだけど、一応神経科学も隅のほうで取り上げられている。ブレークスルーがあったというよりは、来年に要注目の分野、ぐらいの位置付けか。
Breakthrough of the year. Areas to watch.
Science. 2007 Dec 21;318(5858):1848-9.
記事で触れられているのは(1)光刺激による細胞活動の操作、(2)蛍光タンパク質導入による in vivo での神経回路の可視化、それに(3)Diffusion MRIの3つ。
(1)の光刺激による細胞活動の操作は、その第一人者である Deisseroth さんのトークを聞く機会があったので、このブログにもエントリを立てた。
光を当てて細胞活動をON/OFF (potasiumchの日記 / 2007-04-13)
(Journal of Neuroscience 26 Dec 2007 表紙より)
光感受性膜タンパクを導入して、特定の波長の光を当てることで細胞の興奮・抑制を制御できるようにしたというもの。ミリ秒単位での制御が出来て、たぶん単一細胞かそれ以上の解像度で範囲指定が出来る。とりあえず今のところはマウスまでしかできないけれど、大動物に応用できる技術が開発されれば更に画期的なことだと思う。
(2)もちょっと触れた。
Brainbow (potasiumchの日記 / 2007-11-14)
(Guardianの記事より)
何種類かの蛍光タンパク質を導入することで、組み合わせとして細胞を約90色に色分けできる。in vivo で可視化できるので、学習前後の神経回路の変化なんかも追っていけると。
(3)はいわゆる DTI(diffusion tensor imaging) という MRI の一種で、神経線維(白質)の走行パターンを追っていけたりするので、アナトミカルな情報がより詳細に得られて嬉しいと。
(Wikipediaより)
今年出来た技術というわけじゃないけど、普及して知見が集まりつつあるということか。身近なところでも、今お隣で建設工事をしている新しい MRI 装置は初めから DTI に対応しているらしい。何か出来ることはあるだろうか。
思ったこと:
- 神経科学的に画期的な知見が得られたというよりは、新しい技術がどんどん発表された一年だったというべきか。
- DTI はともかくとして、(1)(2)の技術にアクセスできる研究室はまだ世界にも数えるほどしかない。これらを用いた新たな発見があるのはもう少し先か。技術の普及が先か、それともパイオニアが面白そうなところは総なめしてしまうのか。
- 「イメージング」「分子生物学」の援用というのがやはりこれからもトレンドになるのだろうか。どちらとも全然関係のないところで仕事してるなあ。いいのか?
追記12/25
完全に見落としていたけれど、TOP10の中にも神経科学関連のものがあった。「記憶すること」と「想像(imagine)すること」の間には深い関係があるという話。記憶障害を持つ患者さんは想像力にも支障をきたす傾向がある、健常者の fMRI でも「記憶の想起」と「想像」は脳内のよく似た部分で処理されている、等。
関連リンク先には海馬のいわゆる場所細胞が行動に先立って活動している(今から通る道を実際に歩いたらこういうパターンで発火するであろうという発火パターンが、時間的に圧縮された形で行動に先立って現れる)という論文も。海馬はなんというか予想外のことがどんどん発見されていてとても面白い領野だと思う。