研究とお金


昨日こんな話を書いて、そういう目で見たら結構ブログ界隈で関連のある話を見つけたのでメモと思ったこと。


そういうことで・・・ / アメリカでの生活 -Be not afraid- (発端)

似たようなことを最近よく思う? / roadman2005の日記 (↑への返答)

週末の記録 / Comical & Fantasy (さらに↑への返答)

なぜ研究者は貧乏なのか / 赤の女王とお茶を (まとめ? 発展?)

(敬称略)

「研究とは幸運にめぐまれて選ばれた人が、
面白いと思えることを追求することを許された特権」って何なんですか?
たとえ、選ばれない人だって、誰だって「研究する」権利はあると思います!

週末の記録 / Comical & Fantasyさんより引用)


 個人的には研究、特に基礎研究は博打だと思う。数億円もらったプロジェクトでも結果が出ないことはありうるし、結果が出たところで役に立つかどうかも判らない。定義上、結果に確証があるようなことはしていない。そういう観点で見ると、基礎研究者は「税金で博打を打たせてもらっている」身分と言える。


 「選ばれない人だって、誰だって研究する権利」はある。違いは単に、その博打話に税金を投入するという制度上の合意があるか否か、というだけだ。あなたのR01グラントは、違う使い方をすればどれだけかのアメリカ人を幸せに出来たかも知れない金であり、あなたの学振、科研費、CRESTその他のお金は日本人の時間・労働・苦労の結晶だ。自分としては自分の興味、自分の博打にアメリカ人の税金を使わせてもらえる身分にあることは誇りに思うし、また同時にそれはとても弱い立場だとも思う。


しかしそれが職業となった瞬間、そこには市場が発生し、もはや個人の思惑を超えたところでシステムが作動し始めるのです。

こうなってしまうと、一個人の努力は無駄どころか、下手をすると逆方向に働きます。すなわち、研究の素晴らしさを信じて皆が頑張れば頑張るほど、貧乏になっていく。供給過剰になるからです。

この状況を打破するには基本、一つしか方法がありません。

組織やシステムを築いて情報を共有し、需要と供給の偏りを自ら解消するしかないのです。

なぜ研究者は貧乏なのか / 赤の女王とお茶をさんより引用)


 ちょっと論点の追加を。

 科学が税金で主に賄われている以上、一番に最適化すべきは


(A) 「科学界全体でのアウトプット」


であり、


(B) 「科学者個々人の幸せ」


では(残念ながら)ない。(A)を最適化するために例えばここアメリカでとられている策は、潤沢な研究費が用意できる数(端的に言えばR01の採用数)の10倍程度の科学者コミュニティを維持しておいて、その中で競争させることによって質の向上を図ること。つまりシステム上9割の科学者は言ってしまえば捨て駒((B)との対立)。でもその捨て駒も含めた全体として、たぶん人類史上もっとも成功した「アメリカの科学」というシステムが成立している。少なくともR01の審査をするような人たちは、ある程度それを自覚してやっている。競争の場であるグラントの審査には莫大な人的コストがかかっているわけだけれど、それがアメリカの科学を支える根本だと知っているので、苦労は厭わない*1
 「皆が頑張れば頑張るほど、貧乏になっていく」(努力に対する利得が減少していく)という傾向はあるかもしれない。でもそれによって全体のアウトプットが向上しているなら、システム全体としては問題はないわけだ。


 日本の現状を見ていて??と思うのは、(A)の最適化にも(B)の最適化にもならないことをやっているように見えるところ。博士号取得者を増やす? 教員の数を変えないで進学者だけ増やしても、質が落ちるだけでは? それに増えた人数が科学者コミュニティ(≒教員)に入らない(入れない)のなら、競争を通じた質の向上もないような?? まあ博士相当の研究経験がある人材が企業等で活躍するなら、その点ではちょっと意味がある??
 あと日米の大きな違いの一つは、アメリカではテニュアという制度がとても魅力的に見えるということ。基本的に職が流動的なアメリカでは、終身雇用というのはほとんど大学教員だけが得られる超特権的な待遇なので、貧乏だろうが捨て駒と言われようがそれを目指すだけの価値があると思う人が結構いるらしい。日本ではそれはあまりインセンティブにならないので、何かもっと他の利点を作らないと人材は集まらないかもしれない。


 自分で考察していながら何だか暗澹たる気持ちになってきた・・・。何にせよ、とりあえず出来ることは自分なりに精一杯の良い科学をすることだろう。捨て駒になるのが嫌なら、「市場」を移る、つまり非アカデミックな場所でがんばるというのも一つの手だ*2。あるいは捨て駒を作らないで済むような「日本の科学」システムを考案するか。研究はしたい、他のシステムも思いつかない、でも捨て駒も嫌? そういうあなたにはプランBがありますよと。


 

*1:いや厭っているかも知れないけど、面倒くせえと言いながらもまあ仕方ないよね、という感じでやっている。

*2:しかし旧帝大出の博士だろうとIvy league出のPhDだろうとほとんどの人は捨て駒になるなんて、科学とはなんと贅沢な営みだろう。