BrainTV


 INSERM(フランス国立医学研究機構)から Jean-Philippe Lachaux さんが来たのでトークを聞きに行く。てんかんの患者さんに被験者になってもらい、脳機能マッピングや BCI (brain computer interface) 的なことをしたという話。

http://www.iledefrance-est.cnrs.fr/BDS/images/logo-inserm.gif


 ある種のてんかんには薬が全く効かないことがあり、その場合に残された治療手段として、てんかん発作の原因部位あるいは主な中継点となる脳部位を物理的に除去してしまうという方法がある。といっても適当に切って重大な後遺症が出たら大変なので、手術の前に目ぼしい位置に微小電極を挿入し*1、それぞれの部位の神経活動を調べる/電気的に刺激して反応を見るなどのテストが行われることがある。つまり、そこがどういう機能を担っている脳部位なのか、切っても問題ないか*2を推定すると。これはヒトの神経活動を脳内部で直接計測することが出来る、現在の研究倫理基準ではほぼ唯一の機会でもある。


 今回の話では、3.5mm 間隔で電極の露出部位がついている多点電極を、脳内に10〜15本ほど挿入(直径800μm。結構太いような)。それぞれの電極付近での神経細胞の活動(から生じる集合電位)を記録。ちょっと面白いというかたぶん今回の話の特色としては、認知機能と神経活動との対応付けに患者さんが直接参加しているということが挙げられる。α、γ等の各周波数帯の信号強度をリアルタイムにディスプレイに表示して、それを研究者と患者さんが見て話をしながら、そこがどういう認知機能を担う部位なのか探索的に(つまりあてずっぽうにいろいろやってみて)調べると。


 側頭葉のある部位は、音楽を聴いている時のみ活動していた。話をしたりフライパンを叩いて大きな音を出しても反応せず、研究者が歌っても反応しない。更に実際の実験を記録したビデオの中では患者さんに「ちょっとあなた歌ってみてよ」と言うシーンがあり、患者さん本人がディスプレイを見ながらフランス語の歌を歌いだすのだけれど、それでも反応なし。で音楽をつけたらやっぱり反応する。


 研究者(他人)が気づかないような些細な/内面的な機能も含めて患者さんが自分で脳機能探索を行えるように、どの電極からの信号をディスプレイに表示するかを患者さんがリモコンで選べるようにしていた。ちょっと今日は○○の妄想をしながら前頭葉チャネル3の反応を見ようかな、とか、本を読んでいるときの側頭葉チャネル5の様子はどうだろう、とか。このインターフェースがこの枠組みに BrainTV という名前をつけた理由らしい。


 このように探索的に脳機能を調べた結果、たとえば「会話をしていて、話者が切り替わるときにのみ反応する脳部位」とか「意味のある文章を聞いているときにのみ反応する脳部位(無意味あるいは予測可能な羅列、たとえば、1,2,3,とかA,B,C,などの羅列を聞いているときには反応しない)」などが見つかったらしい。後者については、文章を読みながらその部位を電気刺激したら文意の理解に障害が見られたらしく、こういう部位はたぶん切除したらまずいということになる。


 BCI 的なことも試していた。視覚的注意の有無で活動が変わる部位があり、そこの信号を用いれば BCI として使えそうだとのこと。さらにちょっと余談として、「anti-BCI」部位とでも呼べる脳部位を見つけたとか。その部位の活動に依存して画面上のカーソルが動くというインターフェースを設計すると、患者さん「以外」の人の言うことしか聞かないインターフェースが出来る。つまり、他人が「カーソルを右に動かして」というと(患者さんの神経活動を介して)カーソルが動くのだけど、脳の持ち主自身が「カーソル動いて」と念じたり言ったりしても動かない。


 トリックは、この部位は「他人がしゃべっているときのみ活動する」(自分がしゃべっているときは活動が抑制される)部位だったらしい。自分がしゃべっているときには活動しないので、ここを BCI に使うと脳の持ち主の言うことのみ聞かない anti-BCI になってしまうと。


 全体的にゆるい雰囲気が漂うというか、コントロール実験はだいぶ適当だなあとか、なんでそういう(不謹慎な?)売り出し方をすることにしたんだろう、と思う部分もあったのだけど、まあ興味深い話だと思った。ヒトの脳内には、相当に特異的な認知機能に特化した脳部位が局在(例えば7mmもずれれば全く様子が変わる程度には。)しているということか。


 Francisco Varela さんと同じグループにいた人らしい。なるほど。

*1:脳内には痛覚がないのでそれ自体は痛かったりはしない。

*2:たぶん何らかの問題はあるのだろうけど、とりあえず日常生活に即座に支障をきたすようなことはないかどうか。