知覚とコラム構造、安定性など


 Bruce Cumming さん (@NIH/NEI) のトークがあるというので聞きに行く。初期視覚野における両眼視差表現の専門家で、今回はそれに知覚(判断)と神経活動の相関(choice probability)の時間的推移の話やコラム構造の話を絡めることで、ボトムアップを超えた神経コーディングの可能性を調べました、という話。


http://neuroscience.nih.gov/images/cummingb01.jpg
(NIH のページより)


 前半は知覚―神経相関の時間的推移の話。タスクとしては、dRDS を2秒ほど見せて 2AFC で手前か奥かを答えさせる。dRDSは全体として手前と奥が完全にランダムに含まれている(つまり客観的には手前でも奥でもない。Newsome さんの枠組みで言う 0% coherence に相当)。で、まずPsychophysical Reverse Correlation によって2秒間のうちどの辺の情報が被験体の判断に影響していたのかを計算する。基本的には Nienborg & Cumming 2007 みたいな枠組みの話なのだけど、2秒間の dRDS 刺激の各フレームごとに計算をして、どの時間帯の刺激がより強く判断に影響したかを見た、というのが新しい点(たぶん)。Reverse Correlation の信号強度は最初の数百ms 〜 1秒ぐらいがもっとも強く、後は減衰していく。つまり被験体の判断に影響しているのは2秒間のうち主に前半で、後半の刺激はあまり気にしていないということになる。


 面白いのは、V2野の視差選択性細胞の choice probability はこういう時間経過を示さない、ということ。刺激提示中のスパイク活動を時間帯によって bin に分け、それぞれで choice probability を計算したら、choice probability は2秒間単調増加していく(1秒を超えた辺りから少しサチり気味にはなる)。このことは choice probability と個体の判断は単純に bottom-up に証拠を集めていくという関係にあるのではなく、何らかの top-down 信号が関与していることを示唆する、と。例えばある程度証拠(例えば「手前」っぽい)が集まったらそこから「注意みたいな感じ(attention-like)」で top-down にその証拠をコードする細胞(「手前」が好きな細胞)の発火頻度を上げるようにしているのかも、と。わざわざ初期視覚野まで信号を送り返す理由を考えるとすれば、一旦証拠がある閾値を越えたら、しばらくその判断を保持するような知覚の stabilizer 的な意味があるのかも、との考察。


 後半は choice probability の有無とコラム構造の有無には相関がある、という話。V2野、MT野の視差選択性細胞の活動は個体の視差に関する判断と相関がある(choice probability が有意)けど、V1野の細胞にはこれがない(Nienborg & Cumming 2006)。これは単純に top-down の信号が V1 までは降りてきていない、と考えることも出来るけど、他に呼応する要素としては V2野、MT野では視差選択性細胞がコラム構造を取っているけど V1野はそうなっていないということが挙げられる。ここからもしかしてコラム構造の有無と choice probability には関係があるのではないか、と考え、じゃあ V1野にもコラム構造があることが知られている方位選択性について調べた(ちょっと文章では書きにくいけど動きに関する Newsomeさんの刺激とか視差に対する dRDS のような曖昧な刺激を方位についても作って実験した)ら、確かに V1野でも方位に関しては choice probability が有意に見られた、と。

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 会場からの突っ込みとしては、なんでその(前半の)証拠だけでいきなり top-down という話になるのか、たとえば初期視覚野の回路内で閾値を越えた情報を stabilize するような機構があると考えてもいいのでは、と。返答としては、確かに top-down というのは言い過ぎかもしれない、とにかく単純な bottom-up を超えた何らかの機構があるというだけで、その何らかの機構にはもちろん初期視覚野内部での recurrent なメカニズム等も含む、とのこと。

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 思ったこと

  • コラム構造と choice probability の関連、というのは面白い話だったと思った。今までも top-down に○○の影響があるんだ的な話を聞くたびに、特定の情報をコードする下位の細胞を選んでその活動を左右するってすごく難しいんじゃないだろうか、と思っていたのだけど、コラム構造ぐらい大きければもうちょっと簡単っぽい?
  • top-down か 初期視覚野内での何らかの保持機構的なものなのかというのは、どちらでも非常に面白いと思う。どちらかというと個人的には後者が好み。でも数百ms〜1秒程度のオーダーで、しかもコラム単位ぐらいの範囲で効くような効果って、もしあるとするならその実体はなんだろう。時間的には単に recurrent にぐるぐる回すにしては相当遅いような。血とか? それは遅すぎ?
  • まだ細胞数が少ないこともあるのかも知れないけど、V1 での choice probability の生データは結構統計的にギリギリな感じが。もうちょっと細胞数を増やしたり、別領野・別刺激での例も見てみたいと思う。
  • Cumming さんの英語はイギリスなまりがひどくて苦手だったのだけど、今回はわりと普通に聞き取れたように思う。ちょっとは耳がよくなってきたのだろうか。あるいは彼がアメリカ英語に馴染んできたのか。