fMRI 雑感


 被験者ばっかりしているのもあれなので、自分でも fMRI 実験を設計して予備テストをしてみた。今日解析をしてみたら、予想外に解析結果の S/N 比が良くてびっくりした。全然結果が出なくても仕方がないと思っていたぐらいに野心的な実験だったのだけど、これなら見込みがあるかも。


 電気生理 (in vivo, awake, single-unit recording) を主な生業とする*1立場からすると、fMRI神経科学の道具になり得るかどうかに関しては、長らく半信半疑の気持ちでいた。やはり(システム)神経科学の王道は、電気生理 (unit recording) だと思う。生きて動いて思考している脳の情報伝達単位であるスパイク活動を直接計測できるというのはエキサイティングなことだし、そこで得られる知見は神経情報処理の本質的な部分だと思う(←神経情報処理に関するどんなアイデアもこの単位での検証なり考察を避けて通れないという意味で)。それに比べると fMRI は時空間解像度があまりにも低すぎるし、得られる信号(BOLD信号)も血流を通じた神経活動の間接的な挙動を見ているに過ぎない。「fMRI の人がやっていることは『カレーはどうやって作るんですか?』と聞かれているのに『カレーは台所で作ります』と言っているようなものだ。答えになっていない」と言った人がいたけど*2、まあそういうものかもな、と思っていた。


 でも最近になってちょっと考えが変わった。その理由の一つとしては、最近 fMRI を使用した興味深い論文が立て続けに出たこと(Kay et al. 2008; Mitchell et al. 2008)。Voxel の持つ情報が Kay et al. 2008 で示されたほどリッチなものであるとは考えていなかった。前に少し書いたようにこの研究そのものが神経科学的に新たな知見を増やしたとは思わないのだけれど*3、ちゃんと解析したら個々の voxel も結構情報を持っていること、またデコーディングというセクシーな応用の可能性を示したという意味で面白かった。 Mitchell et al. 2008 は非常にニュートラルな実験条件から脳が affordance というか action-oriented というかそういう作りをしているっぽいということを何となくでも示した部分が素晴らしい。これは電気生理では出来ない。正確に言うと出来なくは無いけど、ものすごい規模の実験になるだろうし、そもそもヒト電気生理をする機会は著しく限られている。


 もう一つの理由は消極的なもので、fMRI 実験は比較的簡単に出来るということ。今やっている電気生理実験の100分の1ぐらい*4の労力・時間的コストで実験が回せるので、サイドプロジェクトとして試せる環境があるのならやらない手はない。少し電気生理屋としての自分とは違う興味の範囲になるけれど、試行錯誤が大量に出来るのでやっているうちに面白いことが出来たら儲けものかと。(もちろん門外漢である自分が片手間に実験が出来るのはそのレベルまでメソッド・知見を洗練させてきた先人達の努力があるからであり、いま敷居が低いということでそれまでの蓄積を低く見ているわけではない。)


 ・・・と書いてみて、ああこんなふうに多くの電気生理屋が fMRI に流れていったのかも、と思った。

*1:あるいはしていこうと考えている。

*2:元ネタを探したけど見つからず。

*3:むしろ V1 の電気生理はやっぱり凄かった、と言いたい。

*4:非常に適当な数値。