光を当てて細胞活動をON/OFF

 Stanford から Karl Deisseroth さんが来たのでトークを聞きに行く。

http://www.stanford.edu/group/dlab/images/thebrain.jpg


 神経細胞に光駆動性のチャネルやポンプを発現させて、その細胞に光を当てることでスパイクを誘発したり逆に抑制したり出来るという驚異的な技術についての話。トークの内容は基本的に先週の Nature Article のネタ(↓)+おまけという感じ。


Multimodal fast optical interrogation of neural circuitry.
Zhang F, Wang LP, Brauner M, Liewald JF, Kay K, Watzke N, Wood PH, Bamberg E, Nagel G, Gottschalk A, Deisseroth K.
Nature. 2007 Apr 5;446:633-39


 この人はMD-PhDで、医者として自閉症鬱病の患者さんを診ている*1。この手の疾患は別に脳に損傷があるというわけではなくて、情報のコーディングの仕方に違いがあるのだろうとされている。でもそれを研究したり治療したりするための道具はとても限られていて、従来は薬で全体の活動を左右する、電気刺激する等の大雑把で副作用も大きいやり方しか使えなかった。

 で、もっと詳細な研究・治療をしたい――特に細胞種を選択して、情報処理が行われている時間単位で刺激したり抑制したり出来れば良い――という動機で、まず ChR2 という膜タンパク(光感受性陽イオンチャネル)を特定の細胞種に導入し、それに光を当てることでミリ秒単位の解像度で細胞活動を誘発出来るという技術を開発(Boyden et al. 2005)。更に今回の Nature 論文では NpHR という光感受性 Cl ポンプを導入することで光(ChR2のとは別波長)によって細胞活動を抑えることも出来たと。つまり活動のONもOFFも思いのままと。


 vitro だけでなく、線虫(C. Elegans)に両タンパクを発現させて、光刺激でその行動(泳ぎ方)が変化することも確認。更に lentivirus を使ってラットに適応:

http://www.stanford.edu/group/dlab/optogenetics/images/mouse_stim.jpg

とりあえず運動野(?)を光刺激してちゃんとヒゲが動くことも確認したとのこと。


 いやすごいです。

 今はまだやってないけれど、もちろん two-photon を使って細胞一個単位でのON/OFF制御も眼中にあるとのこと。Fura-2とも波長は違うので、カルシウムイメージングしながら好きな細胞を選んで発火させたり黙らせたりも自由に出来るはずと。ただ前述のように基本的なモチベーションは基礎神経科学というより精神疾患の研究なので、ラットをモデルにして脳機能障害の原因・治療法を探るのがメインの仕事になるだろうとのこと。


 脳機能障害に関係するのはあんまり脳の表面に出ている部分ではないのでは? と思っていたら、どうも遺伝子発現とプローブ設置を脳の深部でやることも考えているらしい。今だってパーキンソン病の治療には DBS(deep brain stimulation)なんて侵襲的なことをヒトでやっていて、それで症状が緩和している患者さんもいるわけで、侵襲的だから絶対ダメってわけじゃないですよね、とのこと。


 ChR2 も NpHR も発現するときには細胞体、軸索、樹状突起のどこでも発現するらしい。このため細胞内の各区画での情報処理を見たい、というような用途には向かないけど、単に興奮・抑制させたいという時にはむしろ好都合と。ただ、NpHR は細胞膜だけでなく ER (小胞体)にも発現するらしい。ということは光刺激したら ER 内外の Cl 濃度も変化させてしまうと考えられる。これはちょっとまずいかなあと思いながらも、今のところとてもまずいという印象はないのであまり気にしていないとのこと。もし本当にまずいのなら発現部位が局在するようになんか考えます、と言っていた。

2007/6/5 追記
下の段落について、north-fox様から記述の間違いをご指摘頂きました。

ちなみに、ブログで紹介されているようにハロロドプシンNpHR自体は
塩素イオンの「強力なポンプ」です。
ブログでは「汲み出す」という表現をつかわれていますが、輸送方向は
ECからCP方向ですので汲み出すというより取り込む方向に効いています。
他方、類縁のバクテリオロドプシンはH+を汲み出すはたらきをすると
いう理解になっております。

英語の聞き間違いかと思われます。確かに抑制だと言っておきながらCl-を汲み出すのも変ですね。お詫びして訂正いたします。ご指摘に感謝します。

 余談というか掴みで話していたこと。この NpHR というタンパクを元々持っていたのは Natronomonas pharaonis というバクテリアらしいのだけど、このバクテリアはエジプト・サハラ砂漠の塩湖(↓)で見つかったらしい。塩湖で生きるためにはものすごい勢いでClを汲み出さないといけないため、こういう用途にも使えるような強力なポンプを持つようになったのだろうとのこと。

http://www.biochem.mpg.de/en/research/rd/oesterhelt/web_page_list/Org_Napha/absatz_02_bild.jpg
(出典:Max Planck Institute of Biochemistry


 しかしこうなると caged 化合物とかの話はどうなるんだろう・・・。まあ遺伝子導入が出来る系はまだまだ限られるだろうから、完全に上書きはされないだろうけど。


 なお、Shuzoさんのブログでの情報によると、Deisseroth ラボのポスドクだった Boyden さん(現在はMITでラボ持ち)による同様の論文(ただしvitro)が先月 PLoS ONE で出ていて↓


Multiple-Color Optical Activation, Silencing, and Desynchronization of Neural Activity, with Single-Spike Temporal Resolution
Xue Han, Edward S. Boyden
PLoS ONE 2(3): e299. March 21, 2007


どうもちょっと競争?という感じになっているらしい。まあユーザーとしては競争して使いやすいものが出来れば良いです。なお ChR2 を巡るこれまでの経緯についても Shuzo さんのこのエントリが詳しい。


 これで原理的には、何かを考えている時の脳活動を細胞単位で観察できて、その上で特定の細胞あるいは細胞群のスパイク活動を操作したら思考にどういう影響が生じるか、なんて実験も出来ることになる。基礎科学のツールとしてはすごいけど、何かちょっと怖くもある。

*1:所属はBioengineering and Phychiatry